善光寺出開帳両国回向院パンフレット紹介

善光寺出開帳in回向院の開催パンフレット



回向院で行われる善光寺出開帳、戦後初の出開帳開催とあって注目されています。

パンフレットに出開帳に関する貴重な情報が書かれていますので、紹介していきます。

以下、全て善光寺出開帳両国回向院パンフレットより引用しています。

戦後初の善光寺出開帳を江戸で開催

東日本大震災復幸支縁
善光寺出開帳両国回向院
平成25年4月27日~5月19日

戦後初!元禄5年(1962年)より始まり、江戸時代に大人気を博した善光寺の回向院出開帳を開催

信州善光寺と両国回向院は、東日本大震災の被災地復興支援を目的として、平成25年4月27日(土)~5月19日(日)、両国回向院にて「出開帳」を開くことに決定いたしました。

出開帳とは、普段拝することのできない寺院の本尊などを地方に出張し、一定期間拝むことができるように祀ること。江戸時代に回向院で行われた善光寺の出開帳は大変な人気を誇り、中でも空前の賑わいをもたらした安永7年(1778年)では、60日で1,603万人の参詣があったとも云われています。(太田南畝「半日閑話」)

本出開帳は東日本大震災被災者の皆様に、如来様との結縁により復興の光を届けたい、という思いをこめた「復幸支縁」として戦後初の開催を予定しており、収益を震災被災地の復興に充てる方針です。

善光寺出開帳両国回向院では、善光寺の一光三尊(いっこうさんぞん)阿弥陀如来像(出開帳仏)、釈迦涅槃(ねはん)像などを開帳する予定です。今回は特に、普段及び御開帳のときにも公開されていない廻国開帳で拝された出開帳仏のお姿が拝めます。

また、東日本大震災の復幸支縁ということから、陸前高田の木(復興住宅の造成に伴い切る木)を使い、回向柱が立てられます。

期間中は法要を毎日行なうだけでなく、善光寺で有名な「お戒壇めぐり」、歌舞伎や音楽界などの関連行事の開催も予定しております。

また、出開帳の始まりを告げる「開闢(かいびゃく)法要を4月26日(金)に、終わりを告げる「結願(けちがん)法要」を5月20日(月)にそれぞれ執り行うことを決定いたしました。

善光寺について

信州善光寺は、一光三尊阿弥陀如来像様を御本尊として、創建以来約千四百年の長きにわたり、阿弥陀如来様との結縁の場として、民衆の心の拠り所として深く広い信仰を得ております。

「善光寺縁起」によれば、御本尊の一光三尊阿弥陀如来様は、インドから朝鮮半島百済国へとお渡りになり、欽明天皇十三年(552年)、仏教伝来の祈りに百済から日本へ伝えられた日本最古の仏像といわれております。

この仏像は、仏教の受容を巡っての祟仏・廃仏論争の最中、廃仏派の物部氏によって難波の堀江へと打ち捨てられました。

後に、信濃国司の従者として都に上った本田善光が信濃の国へとお連れし、皇極天皇元年(642年)現在の地にお祀りされました。

皇極天皇三年(644年)には勅願により伽藍が造営され、本田善光の名を取って、「善光寺」と名付けられました。

創建以来十数回の火災に逢いましたが、その度ごとに、民衆の如来様をお慕いする心によって復興され、護持されてまいりました。

回向院について

今からおよそ360年前(1657年)に開かれた浄土宗の寺院。

この年、江戸には「振袖火事」の名で知られる明暦の大火があり、10万人以上の尊い人命が奪われました。この災害により亡くなられた人々の多くは、身元や身寄りのわからない人々でした。

当時の将軍家綱は、このような無縁の人々の亡骸を手厚く葬るようにと隅田川の東岸に土地を与え、「万人塚」という墳墓を設け、無縁仏の冥福に祈りをささげる大法要を執り行いました。

このとき、お念仏を行じる御堂が建てられたのが回向院の歴史の始まりです。 この起こりこそが「有縁・無縁に関わらず、人・動物に関わらず、生あるすべてのものへの仏の慈悲を説くもの」として現在までも守られてきた回向院の理念です。

無縁寺・回向院は一方、境内堂宇に安置された観世音菩薩や弁財天などが江戸庶民に尊崇され、様々な巡拝の札所にもなりました。 また江戸中期からは、全国の有名寺社の秘仏秘像が開帳される寺院として、境内は毎年のように参詣する人々で殷賑をきわめました。

江戸後期になると勧進相撲の定場所が回向院に定められ、明治末期までの七十六年間、いわゆる“回向院相撲”の時代を日本相撲史上に刻しました。

善光寺の御開帳について

信州善光寺において、数え年で七年に一度行なわれる盛儀。

善光寺本堂に安置される御本尊一光三尊阿弥陀如来は、白雉5年(654年)以来の秘仏。

その後、鎌倉時代に御本尊の御身代わりとして前立本尊が造られ、拝されるようになりました。

前立本尊は、ひとつの光背の中央に阿弥陀如来、向かって右に観音菩薩、左に勢至菩薩が並ぶ、善光寺独特の一光三尊阿弥陀如来のお姿をされています。

前立本尊も普段は秘仏ですが、丑と未の年に行われる御開帳の時だけ、特別にお姿を拝むことが叶います。

中央の阿弥陀如来の右手に結ばれた金糸は五色の糸にかわり、白い善の綱として、本堂前の回向柱に結ばれます。

その回向柱に触れることは、前立本尊に触れるのと同じこと。ここにありがたい結縁が生まれ、その功徳ははかりしれません。

回向柱

信州善光寺における御開帳では、松代藩が現在の本堂建立の際、普請奉行にあたったというご縁から、毎回松代町から「回向柱(えこうばしら)」が奉納され、本堂前に立てられます。

高さ10メートルの回向柱には前立本尊の右の御手に結ばれた金糸が善の綱となって結ばれ、柱に触れる人々に御仏のお慈悲を伝えてくれます。

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