駒返りの橋



    



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「駒返りの橋」源頼朝が善光寺を参拝した証

善光寺の山門へ進む入り口には小さな石橋がかかっています。

善光寺参道入り口にかかる石橋上記の左の写真がその石橋ですが、石橋の左端(ふたつ目の写真)の左隅に穴が開いていますね。

源頼朝が善光寺を参拝した際に、この穴に馬の蹄がはさまってしまい、駒を返したところだと言われています。この穴を馬蹄の凹みと言っています。

そもそも善光寺と源頼朝の関係とは何なのでしょうか?

善光寺は今までの歴史の中で何度も火災にあっています。鎌倉将軍であった源頼朝は善光寺を復権した大恩人と言われています。

源頼朝の馬の蹄がはまった穴治承3年(1179)の善光寺炎上の際のことが、平家物語にも記されています。

当時、善光寺の火災は不吉の兆しとされたことから、文治3年(1187)に善光寺再建を源頼朝が命じ、建久2年(1191)に完成しました。その後、源頼朝は建久9年(1197)には自らも善光寺を参拝したと言われています。

その際に馬の蹄がはまったのが上記の駒返りの橋なのです。なお、源頼朝の妻である北条政子も善光寺の信奉者であったと伝えられています。

このため、甲斐善光寺には源頼朝の木像が残っていますが、これは善光寺中興の祖として讃え作られたものなのです。このように、源頼朝は善光寺に大きくかかわりを持つだけでなく、恩人であるといわれています。


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